「日本人」から自然と動物を守るためのゲーテッドコミュニティ

 

 

自然と動物好きのためのゲーテッドコミュニティ

 

防壁で囲まれた広大な私有地の門を、銃を構えた外国からの傭兵が厳重に警備している。門からは審査を通った動物好きの人間のみが入退場することができる。

自然豊かなゲーテッドコミュニティ内では、動物達は森を自由に駆け回り、住民は木材を一切使用しないレンガ作りの平屋で動物達と身を寄せ合って暮らしている。

どの家にも暖房設備はないが住民が寒さを感じることはない。このゲーテッドコミュニティではベビーベッドのような長方形の箱型のベッドが流行していて、住人がそのベッドに横になるとたくさんの動物たち、犬、猫、熊、鹿、ハクビシン、アライグマ、カラス、鳩がどこからともなく覆いかぶさってくるので、その上からブランケットを一枚掛けるだけで冬でも全く寒くないのだ。

 

代表者の長老が白馬にまたがりゲーテッド・コミュニティの敷地を案内してくれた。長老は原理主義を徹底していた。衣服を一切身に着けず、腿まで伸ばした白い長髪と髭が裸体を覆うだけだった。

長老は、至る所で果実のなる樹木が生育した森の小道で白馬を歩ませながら、いくつかの果樹を指し示して説明する。

「ここでは基本的にアボカドですな。いずれは、お毛ものたちも肉食をやめる時がくる。肉の代替として脂の多いアボカドに勝る食べ物はありません」

住民は果実食を中心にした自給自足の生活をしている。住民は毎日一時間樹木に水をあげる労働だけをして一日の大半は湖で水泳するか動物達と遊んで過ごしている。湖畔では湖に浮かぶ人間たちを眺めるロバの背の上で丸くなった猫が気持ちよさそうに日向ぼっこをしている。

 

ゲーテッドコミュニティ内の市民権を持つ成人はコミュニティを守るために一年間の軍事訓練が義務として課されている。

果実食生活と長時間の水泳で育ち、平均知能と平均身長が飛躍的に向上した若い世代が「ニホンジン」との戦いに備えて平原で模擬戦を繰り広げている。

ギリシア彫像のような容姿をした若者たちは軍事訓練の最終段階に「ニホンジン」が収容されている地下ゲーテッドコミュニティに潜入し「ニホンジン」狩りを競い合う。上位成績者には士官の資格が与えられる。

丘の上から演習風景を眺めていた長老は再び白馬に小道を進ませ、次の森の中に入って行く。馬というは悲しげで疲弊した表情をしているものだが、最高の待遇を受けているはずのゲーテッド・コミュニティの馬も例外ではなかった。馬は自分の白い背中に長老の茶色いうんすじがこびりついてしまわないか気になって仕方がないのだ。

「パンツぐらい履いてほしいものだよね。まったく」馬はそう言うと花の香りを嗅いだり、森の動物たちに挨拶したりとあちこちよそ見をながら小道を外れたあげく、藪を突き進んで木の枝からリンゴをもぎとって好きなだけ食べ始めた。

 

世界中から動物好きの人間が集まるゲーテッドコミュニティは、多様性あふれる都市国家へと成長を遂げ、移住希望者が殺到している。

市民権取得には動物保護活動もしくは動物保護ボランティアに2年以上従事した証明の提出が必須条件となる。

 

 

 

自然と動物嫌いのためのゲーテッドコミュニティ

 

自称スウェーデン人の日本人建築家がデザインした北欧風デザインの狭小住宅群が狭い街路に果てしない絶壁を作り出す地下都市には埃一つない。頭上の白々しい強力な白色LEDが照らし出す完全無菌の街路はどこまでも清潔だが、強烈な息苦しさを覚える。これは気分の問題ではなく、この都市には酸素を生み出す雑草や街路樹が一本も存在しないのだ。

天井の通風孔が送る乏しい酸素量に体が順応するには何年もかかる。希薄な酸素に順応するために、小さな肺を持って生まれた第二世代の若者の平均身長は150cmにも満たない。

犬や猫はもちろんのこと鳩やカラスも見かけることは一切ない。居住規約は一切の動植物の連れ込みを禁止し、連れ込みは懲役30年の実刑または終身刑となる。囚人はこの都市よりさらに深い地下に建設された刑務所に収監される。

地下都市管理組合は動植物を連れ込んだ住民を迅速に発見できるように報奨金付きの密告制度を設け、熱感知センサーの監視カメラが各住宅をモニタリングし、助けを求める動物の鳴き声を探知するための高感度監視マイクを街路の至る所に設置している。

 

列島に建造された7つの地下都市は開発当初から入居希望者が殺到した。比較的割安な住宅ローンでマイホームを獲得することができ、雨の心配もなく、鳩や犬のフンもなく、雀や猫の鳴き声もしない、草むしりをする必要もなく、街路樹の枝を徹底してそぎ落としたり、枯れ葉を掃いて燃やす手間が省ける住環境が、日本人にとって最大の魅力となった。売り込み通りに日本人は地下都市での暮らしをステータスシンボルと見なすようになり、地下都市こそが文明生活を強く定義づけるものと信じ、地上で暮らす人間達に差別感情すら抱くようになった。

やがて地下都市の永住に誓約すれば家賃無料の集合住宅でベーシックインカムを受給することができる制度が施行されたことで低所得の単身者もこぞって地下に移住し、現在では全国民の99%が地下都市に居住している。

住民はこの住宅地区からモノレールに乗ってオフィス地区へ通勤し、商業地区へ買い物を済ます。住民の生活の全ては地下で完結している。この地下都市で生まれ育った第二世代の若者は地上に出た経験は一度もない。

若者のほとんどは互いを警戒して自宅にこもり、街路の「ビデオドラッグ」のサブスクリプション配布機でギフトコードを得る以外に外出する理由はない

このゲーテッドコミュニティでは動植物の連れ込みとコミュニティ管理体制に対する潜在的・顕在的攻撃の禁止のみが刑法で定められ、それ以外はあらゆることが許される無法地帯となっている。

 

後年になって開発された自発的な避妊、去勢手術の志願者だけが入居を許可される男性専用地下都市女性専用地下都市では、アニメ、漫画、ビデオゲーム、映像によって至上の快楽を得ることができるビデオドラッグ、高機能のラブドールの無償提供など様々な特典が与えられるが、この地下都市は第一世代の夫婦とその子どもが暮らす男女混合の地下都市であるため、無償提供されるのはビデオドラッグと高機能のラブドールだけだ。

成長した子ども達はよりよい娯楽を得るために、生殖権の放棄に同意して男性専用地下都市女性専用地下都市に移住していく。

 

 

通報を受けて、かけつけた管理組合員のMさんは、ぐしゃぐしゃになって黄ばんだ郵便物で満杯になった錆びたポストの角に留まっていた一匹の蝶をそっと網でつかまえ、籠に移し替える。蝶のいる籠を抱えたMさんは指紋認証で組合員専用エレベーターのドアを開け、5000メートル上にある地上フロアのボタンを押す。

晴れ渡った地上の草原に出たMさんが籠の蓋を開けると、蝶は感謝するようにMさんの頭の上を三度周って、草原の上を飛んで行った。

Mさんは地下都市で生まれ育った第二世代だが、管理組合が実施するIQテストでIQ160以上であることが発覚したため親元から引き離され、地上で教育支援を受けた。Mさんは地上の湖畔にある一軒家で動物達と暮らし、週3日、管理組合員として勤務している。Mさんは自分を地下から救済し、最高の環境で資質を磨く機会を与えてくれた管理組合に忠誠心を持ち、自分の役職に誇りを感じている。

Mさんの主な業務は、住民による動植物の連れ込みの監視、迷い込んでしまった動物や昆虫の保護、巨大地震が発生した際に、地下住民を地震被害から守るために地下住民もろとも地下都市を爆破する装置の開発と点検、地上から通過儀礼の「ニホンジン狩り」にやって来る若者のホームステイ先の確保だ。

この地下都市ではMさんのような幸運に恵まれる者は0.1%にも満たない。ほとんどの住民は地上に出ることを完全に禁じられ、地上に出ることを要求しようものなら、地下都市管理組合への顕在的攻撃として法的に処罰され、生涯を地下刑務所で過ごすことになる。もっともそのような事例はまれで、肉体も精神も地下の環境に順応しきった住民は、地上に世界があるという観念すら持つことがない。

長年の地下都市暮らしで住民の体格は小型化し、免疫機能は弱体化し、脳が萎縮したことで言語能力と思考能力は著しく退化している。それに加えてビデオドラッグの習慣が浸透し、オーバードーズによる高い死亡率が人口減少を加速させている。もし、彼らが地下都市から地上へ脱走しようものなら、わずかな紫外線が一瞬で皮膚を焼き焦がし、脆弱な免疫能力で耐えられない量の雑菌に晒されることで一分で絶命するに違いない。

 

 

地下都市管理組合は自然・動物好きと自然・動物嫌いを人種として定義している。「人種本来の性向を矯正する啓蒙、教育、運動こそ人種差別だ」との理念に従い自然嫌いには、自然嫌いにふさわしい空間を用意し、自然好きには自然好きにふさわしい環境を用意し、双方を徹底的に分離することで、有限な生存圏を巡る壊滅的な種族間闘争の抑止を実現可能にした。

 

通りで対向から日本人達が確かに私に向かって歩いてきているはずだが、どれだけこちらが早く歩いても、短くて歪んだ脚の骨でぎこちなく狭い歩幅で歩いてくる日本人達は、一時停止したように、私に近づくことも遠ざかることもなく、悪趣味な壁紙の模様のように、いつまで経っても視野から失せることがない。

おぼつかない足取りで通りを往来する日本人の姿を映した監視カメラのモニターを指さしながら、地下都市の管理責任者が説明する。「見てください。彼らは本来の人間の姿がどういったものだったかすら思い出すことがない。わずか一世代で精神も肉体もこの環境に完全に順応し、交配不可能なほど種の分岐が進んだのです。もはやチワワとシェパードのように地上の人間と地下の日本人が交配することは物理的に不可能です」

誰かに水死体のまなざしを投げかける、その役割のためだけに、太陽に呪いをかけるような光のない切れ目を顔に刻んだ日本人は通りの至る所に配置されている。

「大衆とは有機的虚無であり、その個性は絶滅であり、絶滅こそが大衆の求めるものです。人間よりもヒトモドキに近い存在として生まれ、ヒトモドキのアイデンティティを育み、より完成度の高いヒトモドキになろうと意欲する大衆に向かって、普遍的な平和や安息、教育や啓蒙、高級な者の習性を押し付ける矯正、闇から光への転向を迫るあらゆる施策、運動、観念は大衆の個性を否定し剥奪するものです。過程も性質も異なる高級なものと低劣なものを同一視する行き過ぎた平等主義は誰にとっても壊滅的な結果を招きます。低劣さを個性と認め、その個性の発展を支え、ヒトモドキのニーズを的確にくみ取り、彼らの自己実現の達成を加速させること、それが我々の使命です」